標高+1m

Don't be rational.

皇帝 #1 フライト

私はペンギンが特別好きなわけではなかったが、この動画を見てひどく憤慨した。ペンギンが挨拶をしてきたのにただ笑って見ている調査隊の奴らはなんて非礼なんだろう。情けなさが募ってきて、私は自ら南極を訪れる決心を固めた。

翌年の冬にはジェットスターの拘束具のような座席に詰め込まれて太平洋を縦断していた。1年間練習を積んだ私のペンギンの鳴き真似はちょっとしたもので、準備は万端だった。10時間強の苦痛に満ちた飛行の末、真夏の日差しが槍のように降り注ぐクライストチャーチの空港に降り立った。急激な気温の変化で体調を崩さないか心配だったが、国内線に乗り換え、南島の南端、インバカーギルに着くころには日も落ちて過ごしやすくなっていた。空港最寄りの安ホテルにチェックインを済ませて10分で眠りに落ちた。

翌日空港に行くと、私が参加する南極ツアーの客は私以外すでに揃っていた。4組の白人老夫婦、2組の30代か40代前半とおぼしきカップル。こいつらも白人だ。若者は私と、ラグビー選手のような体格のサモア人だけだった。貼り付けたような爽やかな笑顔のツアーガイドに連れられて、私たちは、小さいながらもやけにずんぐりした銀色のプロペラ機で南極大陸に向けて飛び立った。

飛行機では図体がでかくて表情も怖い件のサモア人と隣り合わせになった。南極旅行中話し相手になりそうなのは彼くらいだろうと思ったから、私は拙い英語で萎縮しながら話しかけたが、すぐにこいつは話し相手など探していないことがわかった。更にこいつの英語は島の訛りが強すぎる上に平坦でくぐもった声で話すから、言っていることがさっぱりわからなかった。

会話を諦めて、バツの悪い思いを腹の底に感じながら本を読んでいると、3時間くらいたったころだろうか、ツアーガイドが得意げに窓を指差してアンタークティカ(南極大陸)が見えてきたことを告げた。乗客が一斉に身を乗り出すのと同時に窓の外に目をやった私はその白さと起伏の豊かさに息を飲んだ。肉眼で見る南極の山々は、俺が写真をみて想像していたものより遥かに巨大だった。俺はようやく南極に来た実感がふつふつと湧き上がって来て、視覚情報だけでハイになりそうだった。せっかく高い金を出して来たのだ。私は必ず皇帝ペンギンと挨拶をして仲良くなって、やつらの親玉と撮ったセルフィーをインスタグラムに上げてやるのだ!

それから約30分後には、飛行機は南極大陸の端、コモンウェルスベイの滑走路を滑りきり、完全に停止していた。私たちは飛行機を降りて、観光客向けの基地に入った。ガイドが入居に際して、なにやら注意事項を読み上げていたが、耳の奥ではプロペラ機特有のエンジン音がまだこだましていて、何も頭に入ってこなかった。洗濯機の使い方がどうとか言っていたが、そんなことはその時聞けばいいだろう。部屋は学校の教室程度の大きさの部屋に2段ベッドが並んでいて、私は入り口から一番近い2段ベッドを占有できることになった。1時に昼食を食べた後に最初のエクスペディションをやるということだったので、飛行機に揺られた体を休めるために仮眠することにした。


皇帝 #1終わり. #2 エンカウンター編に続く

南極行ったことないから難しいぜ