読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

標高+1m

Make, Hack, Think

First Lot First: 最初のロットを先に作る。

Make Maker Pro

f:id:ympbyc:20161202135341j:plain

昨日の記事の続きで、Maker Proになりたいシリーズ2作目です。

Maker Proになる道を模索する活動の一環として、個人Makerにとっての販売開始までのハードルの高さを解決したい。

プロトタイプが完成してからの、最初のロットの生産と販売というフェーズを、安く、効率的に遂行する手法を確立して、このフェーズまでをプロトタイピングの枠組みに持ち込みたい。

電子製品の開発から販売開始までのステレオティピカルな流れ(以下:プロシージャ)を示す。自分でやってみたことはないので、想像も混じっている。

  1. プロトタイプの開発
    • 回路設計、基板設計
    • エンクロージャ(外装)のデザインと製作
    • 組み立て
  2. 資金調達
  3. 量産の準備
  4. 量産を外注
    • PCBAサービスへ組み立て済み基板製造を発注
    • エンクロージャ製造や製品の組み立てを発注
  5. 出品
  6. 梱包、出荷

2-6までを一括で外注できるサービスも存在して、便利だろうとは思うが、今は無視する。

今回僕は、最初のロットについて、2と3をバイパスした次のプロシージャを提案、実現したい。

  1. プロトタイプ開発
  2. 出品
  3. 小ロット(例:100個)生産
    • PCBAサービスへ組み立て済み基板製造を発注
    • 自分でエンクロージャを生産、または金型を要しない成型を外注
    • 自分で最終的な組み立て
  4. 梱包+出荷
  5. 売り切る

ここまでうまくいったら、

  1. 資金調達
  2. 量産の準備
  3. 量産を外注

と続く。もしくはロングテールで細々と売る場合は、外注の量産に移行せず、そのまま家で小ロット生産を続けるということも可能だ。

このプロシージャを便利のため仮にFLF(First Lot First)と呼ぶことにする。

FLFを採用すると、significantな時間とお金を費やす前に、売れ行きやフィードバックを得ることができる。また、売れる確信がないものを作るリスクを低くすることで、すごくニッチな製品や、周囲の人間の中で自分だけが面白いと思う製品が世に出る可能性を拡げられると思う。

FLFを現実的なものにするためには、3(小ロットの生産)は以下の要件を満たす必要がある:

  • 高価な型を必要としないこと
  • 製品レベルの強度+見栄えものを、安定して生産できること
  • 自分で生産する場合、1個あたりの生産にかかる労力が低いこと

近いうちにFLFを実践してみるつもりだ。その時は、3Dプリントをポストプロセスで綺麗にした型を使った、シリコンのディップ成型を採用する予定。

家で生産するために、自分用の3Dプリンタも買った。Anet A8。届くのが楽しみだ。

成型技術やそのコストなどを調べるためにこの本を読んでいる。面白い。

またアップデートします。

Maker Proになりたい

Make Maker Pro

あらためましてあけましておめでとうございます。皆さん今年もよろしく。

3Dプリンタは今まさに前回問題が起きた箇所をプリント中です。まだまだ時間はたっぷりある。何を言っているかわからない方は前回の記事を参照してください。

今日は今年の僕の目標と、それを達成するために考えていることを書く。

半年ほど前に、こんな本を読んだ: 物を作って生きるには ―23人のMaker Proが語る仕事と生活 (Make:Japan Books)

ものづくりを食い扶持にすることに成功した人たち(以下Maker Pro)のインタビューとか、エッセイを集めた本で、起業とか事業の運営よりも、普段実際に何をやっているのかに焦点を当てている記事が多くて、とてもよかった。この本を読んで以来、僕もMaker Proになりたいと思うようになった。今年の目標は、これを実現することだ。

僕は今、徳島県の山間部に住んでいて、東京の会社に所属している。僕は一人だけの研究開発部門をやっていて、社長からは何をやってもいいと言われている。今は基本一人で製品開発をしている。コンテキストについて詳しくはこの前の記事を読んでほしい。 ympbyc.hatenablog.com

今作っている製品の詳細については、販売開始の直前まで秘密にしたい。僕のWeb上のフットプリントを漁ればおおかた察しはつくと思う。ここでは仮にwatchと呼ぶことにする。販売開始してしばらくしたら全部クリエイティブ・コモンズとかで公開します。

f:id:ympbyc:20170121011216p:plain

watchプロジェクトは、単にwatchを作って販売するというだけではなくて、今後いくつかの製品開発の土台を作ることと、お金があまりなくてもやる気さえあればだれでも製品を作って販売するところまでいけるドキュメンテーションを作ることを目標にしている。

僕はどうしてもオープンソースとかシャンザイとか、そういったコミュニティの利益を追求する動きが好きで、自分がやるプロジェクトにはなにかしらそういった要素を入れたくなってしまう。Maker Proになりたい人は僕を含めたくさんいると思う。というわけで、Maker Proになる方法を探しながら、発見したことを公開していくという活動をはじめます! 他にもこういうことをしている人を知っていたらコメントやtwitterで教えて下さい。

僕は今、会社に所属していて、製品開発に係る経費は全て出してもらえる。この環境にいるうちに、様々な手法を試してみて、一つ、まあなかなかいい反響だったねといえる製品を開発、販売して、わずかばかりでも会社に恩返しをしてから独立したい。この環境でうまくいかなかったら多分独立してもうまくいかないし、やっぱり最後に好印象を残してから退職して、辞めた後もいい関係を続けたい。

以上が今年の、または今後数年間の目標です!

これまでのあらすじ

電子工作 Make

f:id:ympbyc:20160314223510j:plain

あけましておめでとうございます。皆さん今年もよろしく。

この2年間ずーーーっとモヤモヤしていた気持ちが、最近新しい目標ができて、やっとすっきりした。ここでモヤモヤしていた2年間を振り返る。完全に自分のために書いています。

この記事は3Dプリンタで15時間掛かるプリントをしながら書いている。失敗したくないのでつきっきりで見ていたいという希望に、妻が理解を示してくれたおかげでこんなに長い記事が書ける。普段はこんな時間全然ないんだ。いつも赤ちゃんのお世話と僕の世話をしてくれて感謝しています。

それまでのあらすじ

  • 2009/4 - 2011/12 ニュージーランドの高校に通いながら、Lispの勉強とジャグリングをしていた
  • 2012/4 - 2013/8 代々木の小さなWeb制作会社株式会社パイロットでプログラマバイトをしていた
  • 2013/8 - 2014/12 アメリカはサクラメントのコミュニティーカレッジに留学しているふりをしながら、スシシェフのバイトしたりGSoCでClojure書いたりしていた。

モヤモヤ期

2015年春 東京

2014年の12月にアメリカ留学から帰国して以来、渡米前に働いていた株式会社パイロットという小さなWeb制作会社に出戻って所属している。おみやげを持って行ったら社長にくどかれて戻ることにした。社長ありがとう。

帰ってきた当初、僕は仕事に全く身が入らず、昼間は会社で居眠りをして、夜中に個人で好き勝手にコードを書くということをしていた。以前は仕事としてのソフトウェア開発の中にも、自分でライブラリを描いてそれを使うとか、好きな言語を使って書くとかそういうことで楽しみを見出してやっていたのに、それでは満足できなくなっていた。その頃に勝手に作ったのがこれ↓

ympbyc.hatenablog.com

そんな中2015年の3月、アートとIT企業誘致による町おこしで有名な徳島県神山町に研修旅行に行った。神山町への移住者の人たちは、個人で店を出したり、フリーの仕事をしている人が多かった。企業に所属している人でも、企業とか組織とかそういったものの匂いを感じさせない人が多かった、というか目について印象的だった。僕もこういう形を目指そうと思った。小さな町で誰もが誰もを知っているという雰囲気も気に入った。

2015年 夏 神山

東京に戻ってからいろいろと工作活動をして、強力な支援者の助けもあって3ヶ月後の6月には研究開発部と神山サテライトオフィスが発足して、何をやってもいいという言質とともに、僕は一人神山に潜入できた。実はその頃すでに神山に住んでいたお姉さん(今の嫁です)と交際していたので、比較的すばやく町の人たちと知り合いになれた。

東京を飛び出したのはいいものの、なにをやるかフワッとした考えしか持たずにきたのが災いして、そこからの一年間半は苦悩とスランプの期間だった。人間なんでもやっていいと言われるとなーんにも思いつかなくなるのかもな。

行く前はフワッとまずはVRのプログラミングサイドからの研究をやろうと思っていた。東京にいた頃はVRこそ未来だと思っていたんだ。ところが来てみると彼女はいるし自然はめちゃくちゃ綺麗だしVRなんか全く必要なかった。VRなんかいらないですよ皆さん。移住しましょう。

しょうがないので上記のWebアプリの動的開発環境の開発を進めようとしたものの、一向に筆が進まない。筆じゃなくて指かな。考えてみると神山に来てからWebアプリを使う機会が減っている。特にSNS。あんなにはまっていたTwitterもほとんどやめてしまった。ブログを見たりはするけど、それはただのハイパーテキストだ。自分が使わないものを作るというだけでもバカらしいのに、自分が使わないものを作るための開発環境を作るというのはもっとtwistedだ。公平を期して言えば、今でも便利に使うWebアプリはあるし、Webがいらないとは口が裂けても言えない。ただ東京にいた時よりもうんと人付き合いが増えて、前ほどWebとかコンピュータに魅力を感じなくなっていたという話。

あとは、せっかくこんなに広々として気持ちのいいところに来たのにコンピュータの画面とにらめっこしていたくないという単純な思考もあった。よく川の中の岩に座って、川に足をつけてパソコンを見てるみたいな写真があるけど、あんなことをするやつはバカだ。川は泳ぐもんだ。とにかく、画面を見つめるよりもっと人間的な活動をしたいと思うようになった。

2015年 秋 電子工作

梅雨が過ぎ夏が来て、学生が夏休みを終える頃になってもまだなにをしようか考えあぐねていた。そんなある日、夏休みといえば自由研究だなぁとぼんやり考えていた時、小学生の頃に組み立てた大人の科学の鉱石ラジオのことを思い出した。その鉱石ラジオが壊れた時、なんとか直そうと色々試してけっきょく直せなかった。大人になった今だったら自分で一から作れるかもしれないぞと思い立って、自由研究がてら作ってみた。

mechanic.pilotz.jp

ポリバリコンのダイヤルをチビチビ回して信号を探したり、アンテナを工夫して受信感度を上げたりするのがすごく楽しかった。子供の頃はチンプンカンプンだった電波の仕組みとか同調、整流の原理とかもスイスイ理解できて、もっと知りたくなった。

そこで、その頃知り合った電気好きの小学生と、ドローン好きのtenguyashikiさんを誘って神山電子工作クラブを立ち上げた。一人でイチから勉強するより、仲間がいた方が続けられそうと思ったから。まだこの頃はこれを仕事にしようとは思っていなくて、週一で趣味としてちょこっとずつ勉強しようという程度の気楽なものだった。

神山で電子工作クラブ始めました – Mechanic Note

電子工作クラブの噂が風に乗って、参加希望者がどんどん集まってきた。結局集まったのは、電子工作どころかまだ理科が始まってない(理科は3年生から)ような子も含め、なにもわかってない小学生ばかりだった。新聞の取材の時に、僕はクラブで同好会ですということを強調したつもりだったのに、メンバーに小学生がいたことから、教室だと勘違いされてしまったようだ。

こうして僕は、毎週木曜日の放課後までに、なにか新しく教えられることを勉強したり、みんなで遊べるおもちゃを工作したりというタスクを背負い込むことになった。神山特産のスダチを使った果物電池や、AMトランスミッタに始まり、半年後にはビーコンとArduinoを使った宝探しゲームとか、Webからインタラクトできるクリスマスイルミネーションといった、ちょっとオーバーキルなおもちゃも作れるようになっていた。

その頃には仕事と称している活動の方にも電子工作が侵入しはじめて、こんな記事: mechanic.pilotz.jp とか、こんな記事: ympbyc.hatenablog.com を書いている。

新しいスキルは身についたものの、僕はここまで全く売上を上げていなくて、そのことで心を痛めていた。このままでは会社にとって僕は給料を払ってもなにも帰ってこない存在になるし、僕が会社に所属ているのは給料をくれるからというだけになってしまう。神山には、「会社は俺のスポンサーだ」と言い切っている心の強い人がいるんだけど、僕はそう割り切れるほど心が強くない。なんとかしなくちゃと内心ずっと焦っていた。この焦りはつい最近までずっと続いていたもので、これをどうやって解消したかはこれから書く。

2015年秋にはお姉さんと入籍する最高に幸せなイベントもあった。ここからもこんな調子で基本モヤモヤしながら要所要所にハッピーなイベントがあります。今モヤモヤ悩んでる人は気をつけてください。

2016年 春 メイカームーブメント

そんな悩みを抱えていたころ、2016年春に始まる神山メイカースペース(以下KMS)の運営メンバーにならないかと誘ってもらって、マスタークラスが開催された。2週間の期間中に、レーザーカッターと3Dプリンターの使い方を習って、こんな作品を作ったり、みんなでこんな作品を作った:

mechanic.pilotz.jp

そのころまで僕は、工作は嫌いではなかったけど加工技術は全然知らなくて、電子回路についても動いたら満足していた。簡単に使える工作機械を使うと、自分でもそんなに苦労せず見栄えのするものを作れるというのが衝撃的だった。

あと、仕事は全く関係なく、いろんなスキルを持った人が寄り集まって連日ワイワイ一緒に作業して作品を作り上げるという工程がめちゃくちゃ楽しかった。仕事がこんなふうだったらいいのに!マスタークラスは最近2回目が開催されて、その思いはさらに強くなっている。

これ以降僕の仕事や関わった活動には大抵、電子"工作"以外の工作の要素が入っている。例えばこれとか、 mechanic.pilotz.jp 最近だとこれとか: f:id:ympbyc:20170103185423j:plain f:id:ympbyc:20170112215825j:plain

5月には家を借りて物理的なサテライトオフィスができた。改修とか契約には苦労したけど、オープニングパーティーに町中からたくさんの人が集まってくれてすごく嬉しかった。 f:id:ympbyc:20160313200255j:plain

そんなこんなで、電子工作と、デジタルファブリケーションの2つのスキルをのんびり育てながら1日、1日と日は過ぎていって、僕が売上を全く上げていない日数も1日、1日と増えていった。

やっていることはすごく楽しくて好きで、やめたくないけど、会社の人と顔を合わせづらいのはつらかった。毎日仕事ってなんなんだろうと考えていて、もっとわかりやすい仕事をして心を軽くしたほうがいいのかなと悩んでいた。月一回全社ミーティングで東京に帰るのがすごく嫌だった。スッキリした今となっては、あんなに思い詰めることはなくて、悩みまくってる顔を見せるより、自信を持って、めっちゃ勉強してます!って顔をしてたほうが会社の人も絡みやすかっただろうなと思う。

わかりやすい仕事、わかりやすい仕事、と考えていて、製品を作って売るということを思いついたのが2106年の梅雨頃。それまでは売れるものを作る自信がなかったけど、だんだん上達してるしやってみなきゃわからないなと思えたのがその頃だった。製品のアイディアはあった。大したものじゃないし、ニッチだけど、自分が前から欲しかったもの。

この夏は id:phaendal さんや元同僚のMさんが、神山に遊びに来てくれて、いい気分転換になって、うまいことモチベートされた。

7月に妻の臨月が近づいて、彼女は大阪の実家に帰った。僕は8月中旬ごろから妻の実家にお世話になって、製品作りの予備実験をしていた。日本橋でんでんタウンにいつでも行けるのが最高だった。初めて表面実装部品に手が出せたのも、なんでもすぐ買いに行ける立地のおかげだったかもしれない。

回路検討と実験は予想より長くかかって、9月頭に赤ちゃんが生まれてからさらにふた月くらいかかった。子供が生まれたこともあって、有事には真っ先にリストラ対象になりそうな状態が続いているのが嫌で、モヤモヤがピークに達していた。

2016年 冬 スッキリ

予備実験と回路設計が終わってやっと、ほんとに作れそうな目処がついた気がして、こんなものを作って売りますっていう企画書めいたものを作って会社に送った。その途端いきなりフッと心が軽くなった。

それまでにも口頭では言っていたし、実験中の基板とかを見せてはいたけど、言いたいことを全部書類にして残したことで、「説明義務は果たしましたよ。反対がないなら続けますよ。」という主張ができた気がした。"気がした"というのがポイントで、それまでとそれからで会社の人たちの僕に対する心象が変わったかどうかは知らないし関係なくて、僕の心の整理がついたというだけ。

もっと早く企画書を作ったらよかったとも思うけど、自分の技術的に作れるのかよくわからない状態でブチあげるのは僕には向いていない。自分でハードルを上げて自分で潰れるのがオチだ。*1

製品開発は今の所、回路設計から基板デザイン、外装のデザイン、モデリング、成型まで全部一人でやっている。基板製造の部分だけはElecrowというサービス経由で工場に依頼している。なんで一人でやっているのかは、最近思いついた今年の目標に関連していて、次の記事で書くつもりだ。この目標ができたことでさらに心が軽くなった。

12月には平日昼間からデイジョブに全く関係のない活動に参加していてすら心に余裕があるほどまで回復していて、いい仕事ができた。これはAwa Odori 3000とKaraoke Toriiの話。

ympbyc.hatenablog.com

1月からはアメリカにいた頃にちょっぴり関わったClojureのライブラリ、core.typedの開発に参加している。今のところデイジョブとうまくバランスが取れていると思う。

さて、いよいよ始まりました2017年、今年はどんな年になるんでしょうか?

あ、これは次に書く記事への序章です。よろしく。

*1:これがindiegogoみたいなプロトタイプリクワイアメントがないクラウドファンディングプラットフォームが危険な理由だと思う

歌う鳥居を作った

Art

f:id:ympbyc:20170111145226j:plain

去年の12月末から作っていた鳥居がやっと完成した。

BenoîtとGerritのKAIRプロジェクトに混ぜてもらって、電気関連は全て僕が監督した。

12月中は吹きっ晒しの納屋でスピーカの状態をチェックしたり、スピーカ駆動回路の検討をしたりしていて、建設作業に取り掛かったのは年明けてから。

f:id:ympbyc:20170112215825j:plain

↑完成前日の配線作業。3チャネルそれぞれにつき、スピーカーユニット数台を直列にしたグループを数個並列に結線して巨大な4Ωスピーカを作った。雨の中作業したりして大変だった。配線作業はえんがわのタケシさんも手伝ってくれた。

f:id:ympbyc:20170111145526j:plain

↑はしごの上からの眺め

f:id:ympbyc:20170111145243j:plain

↑正面

f:id:ympbyc:20170111145447j:plain

↑背面

www.youtube.com

↑動画。 近いうちにもうちょっとましな動画撮ります。

f:id:ympbyc:20170111152411j:plain

Die Audio Gruppeで記念撮影。製作中Benoîtとは何度も怒鳴りあって喧嘩してたけど完成して仲直りできてよかった。

www.benoitmaubrey.com

↑サイトに名前載せてくれた。これが一番嬉しい。

この作品は今後しばらく(目標は10年)神山に立っているので是非見に来て音楽流していってください。午前9時から午後7時までの間、BluetoothでBelkin Songstreamってやつとペアリングして流せます。

最後にKAIRのみなさんありがとうございました!すごい楽しかったです!


Misc:

f:id:ympbyc:20170107145901j:plain

↑Denki Boxの製作光景。12V電源、バックコンバータ、Bluetoothレシーバ、ホワイトノイズ用のラジオ、今回のために製作したミキサ兼プリアンプとカーステ用のアンプが入っている。

f:id:ympbyc:20170108000709j:plain

↑マイク用プリアンプ付きのミキサ。

f:id:ympbyc:20170103185423j:plain

↑これはBenoîtへのお土産用

AIとアップロードそして意識について

宇宙API Sci-fi

f:id:ympbyc:20161224015143p:plain

今日、高知遠征の帰り、車中でtenguyashikiさんと表題のようなことを延々話した。他にもいろいろ話したんだけど、それはこぼれ話として僕の紙のノートに残しておく。

お互いに究極の夢を話してみたところ、僕ら二人とも自分のコピーを作りたいと思っていることがわかった。ただその方法がちょっと違っていてtenguyashikiさんはロボット的なものを考えていて、自分の脳の一部を表層意識に上らないように使ってロボットをコントロールするというようなアイディア。僕は宇宙APIで書いたようなシミュレーション宇宙に住むソフトウェア人間に人格をアップロードして、メモリが許す限りいくらでもコピーできるというアイディア。

どちらにせよ少なくとも現時点では根本的な問題がある。脳は持ち主から見てもブラックボックスの中身だというのがそれ。ロボットの計算資源として脳の一部を使ったり、脳の現在の状態をダンプしてアップロードしたりというAPIにだれもアクセスできていない。APIがあるのかもよくわからない。

現実的な妥協点を見つけるために、アプリケーションを考えた。人間が常にカメラ付きのメガネと耳掛けマイク等、AIが使える感覚器官を身につけて生活をする。つまり自分自身が得ているのとと同じインプットをAIに与える。そのインプットからAIと人間がそれぞれ推論や想像を進めて、ある一定時間経過後にAIと人間がフィードバックしあうのを繰り返して、お互いの思考プロセスが似通うように訓練していく*1。 最終的に自分と似たような思考回路を持ったもう一つの脳ができあがる。そして2つの脳にそれぞれ別のことを考えさせられるようになり、真のマルチタスクが実現する。というもの。

ディープラーニングとかの機械学習みたいに、パターンマッチを効率的にできるように訓練するというのではなく、勝手に疑問を持ってそれに考えたりっていう思考のプロセスを模倣するというのがポイント。機械学習は入力部分で使えるけど本質的には関係無い。

単純化すると、自分の思考プロセスのモデルを作ってそれを数式かプログラムとして記述できれば、自分の脳をソフトウェア的に再現したことになると言える。少なくとも外見的には。

僕らは二人とも、人間の思考プロセスに真の乱数は関わっていなくて、全ての条件が同じ、全く同じ状態の2つの脳は、同じ刺激に対して同じ反応を返すという仮説を持っている。この話は昔、宇宙APIの記事に書いた。仮説が正しければ思考プロセスのモデル化は原理的には可能だと思う。

これが実現したら、tenguyashikiさんはtenguyashikiの思考プログラムとそれを走らせるプロセッサ、それに感覚器官と、人間に可能な動きを実現する各種アクチュエータを組み合わせたロボットを作ればいいし。僕は宇宙のシミュレーションとそれに適合する体をプログラムすればいい。と、いいつつも、宇宙のシミュレーションを作るのは大変なので、僕もロボットを作って残りの仕事はそいつがやってくれると信じてこの人生は生身のまま終えることもできる。

さて、この脳のソフトウェアコピーに意識はあるのか。

意識ってなんだと自分が考える答えにソフトウェア脳が辿り着いたらそいつには意識があると言えると思う。

僕にとって意識とは、自分はなんなのかと問い続けて、それについて研究し続けることだ。これができるソフトウェア脳には意識があり、従って人権を与えるべきだ。というのが僕の考え。あなたにとって意識とはなんですか?

*1:フィードバックは文字とか音声で良い

アートは楽しい

f:id:ympbyc:20161213131242j:plain

先週から、ドイツ在住アメリカ人のBenoîtとオランダ人のGerritと一緒に作業している。二人は徳島LEDアートフェスティバルへの出場と、あと神山にラウドスピーカーを大量に使ったオブジェを作るために来ていて、面白そうだから混ぜてもらった。

Benoîtのサイト

www.benoitmaubrey.com

LEDフェス出場作品

tok-led-artfest.net

二人とも電子回路の理解は大雑把なもので、ありものを組み合わせてやばいものを作るという感じ。僕はもう少しだけわかるから、回路のトラブルシューティングで重宝されている。Li-ionバッテリーの充電機の修理とか、パフォーマンス中に破裂したMOSFETの代替品を探したり、破裂しないように保護回路をつけたりとか。

彼らが作る作品を見ると、基板やら配線やら剥き出しで、だいぶサイバーパンクっぽいんだけど回路は全部アナログで、なんと呼んでいいかよくわからないけどヤバい。

最近僕は、製品を作ろうとしてて、内臓をきれいにカバーして、買う人がギョッとならないようにするってことに時間を割いてて、それはそれで3Dプリンタ使ったりシリコン成型してみたりと楽しんでやっているんだけど、やっぱり内臓剥き出しの血管剥き出しで、たまにショートしてレギュレータが吹き飛び抵抗が燃えるみたいなスタイルが好きだ。

LEDアートフェスティバルでは阿波踊りの踊り子(生身の人間)の着物にLEDストリップを付けて、鳴り物に合わせてそれが光るという展示をやるんだけど、実際リハーサル中に女の子の着物が小爆発起こしたりしてて本当に面白い。

アートは楽しい!

自転車を買った

ひと月前に、新しい自転車を買った。FUJIのBallad R 2016。

f:id:ympbyc:20161117142657j:plain

2012~2013年頃に乗っていたのが、同じFUJIのFeatherで、とても気に入っていたのに、アメリカに置いてきてしまった。これ:

f:id:ympbyc:20120806045422j:plain

今回は似たような色のロードバイクにした。今住んでいるのが山なので、シングルスピードはさすがにキツイと思ってロードにしたけど、やっぱりピストの方がすっきりしていて好きだ。

クロモリのホリゾンタルフレームというのは中学の頃に乗っていたランドナーから変わっていなくて、Wレバーなのもそのランドナーを思い出して良い。その時使っていたのはフリクションタイプだったから、インデックスされているのは最初びっくりした。

東京でピストに乗ってた時は、必ず国道/県道の車道をすっ飛ばして、車FUCKと思ってたけど、今は自分でも車を運転してるし、なるべく車通りの少ない道を選んで、歩道があるところでは歩道をゆっくり乗っている。丸くなったもんだ。

これはフロントバッグとかサイドキャリアとかつけて、小旅行とかポタリングとか、そういう楽しみ方をしようと思う。

いろいろと悩みは多くて、モヤモヤしてることが多いけど、自転車に乗っている間はすーっと集中できる。

自転車、おすすめです。